あらいくまたんです。
中1ピヨ子の自作小説を公開しています。
フラッシュバック第三話
朝から細長い雫が降り続き、水面に落ちては波紋を作っていた。居ても立ってもいられず、普段あまり食べないウオンと一緒にムシャムシャとイトミミズをやけ食いしていたとき、群れの誰かがあわててやってきて言った。
「僕ら十匹分くらいある、顎の尖った巨大な魚があっちにいるんだけど……。逃げた方がいい?」
ウオンが慌てて振り向いて、その魚を見つけるや、
「ブラックバスです。ニンゲンが時々川に放す恐ろしい魚ですよ。見つかったら助からないので今すぐみんなで逃げないとです」
と言って、他のみんなに伝えに泳いで行った。僕は邪魔になるといけないし、動くメダカが多すぎてブラックバスに気づかれるとまずいのでその場に留まった。
「はぁ……、はぁ……。ナナシさん、僕らもすぐ逃げますよ」
ウオンが戻ってきたとき、後ろには群れ全体のメダカたちがいた。ウオンの掛け声で群れはすぐに逃げ始めたが、みんながパニックになって全速力で泳ぐので、僕ら二人はすぐに後ろに取り残されてしまった。
「ウオン、早くしないと僕らだけ食べられちゃうよ」
泳ぎに疲れが出始めたウオンを見て、焦って声をかける。
「分かってます……、って」
振り返ってみて、ウオンの顔は蒼白になった。
「気付かれてます。助からないかもですけどとにかく逃げてください」
僕は今までのどの瞬間よりも速く、群れの方に向かって泳いだ。けれど、泳ぎのあまり速くないウオンは、やけ食いと群れ集めのときの疲れもあって、それ以上速く泳ぐことができなかった。
背後で不気味な重い音がして、すぐそこにあった気配は急に後ろ向きになった流れにのまれ、ブラックバスに吸い込まれていってしまった。
大粒の雫が水面に降り注ぎ、水は激しく揺らされていた。三人組は瞬く間に一人になってしまった。
最近降り続いている雫は『雨』というらしい。僕らが大人になるくらいの時期に、雨が降り続く『梅雨』というのがあって、今はその時期らしい。ウオンと同じくらい頭の良いメダカが、そう教えてくれた。僕の気持ちを辛いことからそらすためだったのだろう。けれど僕の目から溢れる雫も止まらなかった。大粒の雨が同情しているようで、余計に悲しくなってしまった。
僕らが大人になるくらいの時期は、死んでしまうメダカが何匹もいるんだよ、と言ってくれたメダカもいた。それも、慰めにはならなかった。
誰かの話し声が聞こえるたびに、リヤルの、悪口混じりの陽気な声や、ウオンの冷静で丁寧な話し方を思い出してしまって、それがただ、哀しかった。