あらいくまたんです。
中1ピヨ子の自作小説を公開しています。
フラッシュバック第六話
二週間が過ぎた。この檻はちょっぴり変だけれど川とほぼ変わりないということと、ニンゲンが僕を殺そうとはしていないということがわかった。サトルというらしいそのニンゲンは僕に特に何の嫌がらせもせず、数日ごとに食べ物を変えるなんてサービスまでしてくれた。おかげで食欲は衰えていない。川にいたころより元気になったくらいだ。青白い光が色も角度も変えずに、今日も同じところから差している。
意地悪なメダカがいれば優しいメダカがいるように、ニンゲンにも優しい奴がいるんだなというのが、ここに来てからの僕の感想だ。
ある朝、いつものようにサトルが食べ物を落としに来たので隠れ家から出て行くと、急にボチャンと大きな音がして、サトルが透明な入れ物を持って手を突っ込んできた。わけがわからず僕は逃げ回ったけれど、油断したときにうっかり入れ物に入ってしまって引き上げられた。狭い水の中で暴れ回ったが出られるはずもなく、僕は何分かそのまま放置された。
「僕、食べられるのかな……。サトルは何してるんだ……?どうにかしてここから出られないかな……」
色々と考えるうちにサトルは作業を終え、僕をまたプラスチックの中へ戻した。
「なんか……、水、キレイになった……?」
石に張り付いていたゴミもあらかた消えていた。サトルはまたいつものように食べ物を落として、ドスンドスンと去っていく。
「僕を気遣ってくれたのかな」
いつもの青白い光が、今日は暖かみのある色に見えた。大きな餌をパクリと頬張って、僕は自然と微笑んだ。
一ヶ月が経って、サトルというのは結構面白い奴だということを知った。ずる賢いニンゲンに生まれたくせにドジで、時々勝手に名付けた僕の名前を間違えたりなんかする。食べ物では、魚と野菜が苦手だというのも面白い。まぁ、魚の方は知ったときとても安心してしまったが。
サトルには僕と重なるところが多くあって、ほんの少しだけ愛着が湧いてきた。優しいニンゲンを知れて良かったと思えた。
ある朝、いつもと同じ青白い光で起きたら、体中が鉛のように重くて、僕は水面に浮いたまま動くことができなかった。ここにきて六ヶ月ほど経っただろうか。サトルがやったのではないというのはわかっていた。僕は老いて死ぬんだな、と悟った。
不思議と、あの川に戻りたいという気持ちはほとんど起きなかった。帰れるなら帰ってから死にたいけれど、サトルと離れたくなかったから。
サトルが目の前にやって来た。僕はかろうじて目を開けて、ポカンと口を開けたその顔を見ていた。サトルの目から水が大きく盛り上がり、頬を伝っていくのが見えた。僕の目の前が歪んで、開けた口から出た、小さな空気の球がきらりと光ったのを最後に僕は何も見えなくなった。
あっけなく捕まってしまったリヤル。自分を犠牲に僕を守ってくれたウオン。辛いときに僕の心をそっと支えてくれたハミ。そして、僕の幸せをつくり、ニンゲンならみんな残酷だっていうわけじゃないという大事なことを教えてくれたサトル。
たくさんの思い出がフラッシュバックして、僕は、僕の長い旅の幕がおりたのを知った。
またリヤルやウオン、ハミやサトルとどこかでめぐり会いたいなと思った。
サトルがすすり泣くかすかな音で僕の小さな旅の幕は降りた。
これは、小さなメダカの小さな物語。